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レドゥク プリンセス

 だいぶ更新が空いてしまいしまいました。どうにもブログの更新が億劫に思えてしまって・・・。しかしこれからは心機一転頻繁に更新していこうと思います。と言って逃げ道を塞いでおきます。
 では、まず先日pixivにアップしたこちらのイラストからご紹介します。
leduc.jpg
pixiv
 レドゥクはフランスの技師ルネ・レドゥクが開発した一連の搭載した試作戦闘機のことで、世界初のラムジェットエンジンを搭載した航空機でした。ラムジェットエンジンとはジェットエンジンの方式の一種で、通常のターボファンエンジンがタービンで空気を圧縮するのに対し、これはラム圧を利用して空気を圧縮します。つまり、エンジンに流れ込んでくる相対的な気流を利用するわけです。マッハ0.5くらいの速度で作動し、マッハ3~5で理想的なラム圧を得られます。利点はタービンが要らないのでエンジンの構造が簡素にできることですが、反面点火する際に初速がいる、つまり自力で発進できないという大きな欠点を抱えていました。そのため最初に設計された010やその次にの021(その間に010の翼端にターボファンエンジンをつけた016という機体があったらしい)は輸送機の背中から空中で切り離されて発進しました。
 しかしこの機体最大の特徴はなんといってもそのキテレツなデザインにあるでしょう。エンジンのノーズコーンにコクピットを設けた飛行機なんて、おそらく世界でもレドゥクシリーズだけだと思います。空気抵抗を削減するためとはいえ、前方視界は劣悪だったはずです。とくに010ではコクピットがインテークの中に入り込んでいるのですから!021や022も前方視界確保用と思われる小さなふくらみがありますが、根本的な解決にはならなかったでしょう。
 レドゥクシリーズの最終型になる022ではターボファンエンジンが内蔵され、自力で発進できるようになりましたが、フランス政府はミラージュ(もちろん自力で発進できる)を採用し、戦前から研究されていたレドゥクの開発は1958年に打ち切りとなりました。
 お次ぎはこちら。サンダース・ロー プリンセスです。
princess.jpg
 1952年に完成したプリンセスは、イギリスが開発した最大級の旅客飛行艇で、その巨大な機は7つの海を支配する大英帝国の誇りとなるはずでした。
 では、なぜそうならなかったのかというとプリンセスの「旅客飛行艇」というジャンルにあります。戦間期、旅客飛行艇は全盛を極めました。その理由としては、飛行艇は滑走路を必要としない事があげられます。旅客機は乗客と荷物を大量に乗せるため、機体は必然的に大型化します。そして大型な機体には、その分長く頑丈な滑走路が必要です。しかし戦間期には、そのような長い滑走路のある飛行場はそう多くはありませんでした。その点飛行艇は海が滑走路になるわけですから、大金をかけて飛行場を整備する必要がありません。またエンジンが故障してもいざとなれば海に着水できるので安全性も高いわけです。そうしたわけで、航空輸送といえば飛行艇という時代が長く続きました。プリンセスの開発がスタートしたのもそんな時期でした。
 しかし第二次世界大戦によって状況は大きく変わってしまいます。連合国は戦争に勝利するため、爆撃機や輸送機の開発に莫大な労力を注ぎ込みます。大型陸上機の技術は飛躍的に進歩し、またそれを運用するための広い飛行場が次々に整備されました。こうして飛行艇の利点は失われ、夜に離着水できないという欠点だけが残りました。 プリンセスはそうした時期に完成してしまいました。プリンセスは「旅客飛行艇」としては類い稀な性能を誇っていました。しかし時代はもはや陸上機のものへと移り変わっていたのです。おまけにプロテウスエンジンの出力が当初の計画より大幅に下回るというアクシデントに見舞われ計画は中止。3機作った試作機のうち飛行したのは1機だけ。いちおうモスボールしたものの最終的にはすべてスクラップ処分されました。
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